
「出っ歯」は、正式には「上顎前突(じょうがくぜんとつ)」と呼ばれ、上の前歯や上顎全体が前方に突き出ている状態の歯並びを指します。見た目の問題だけでなく、口を閉じにくい、ドライマウスになりやすい、前歯をぶつけやすい、発音しにくいなど、様々な問題を引き起こすことがあります。出っ歯の矯正について、詳しくお話します。
上顎前突(出っ歯)になる原因
出っ歯の原因は、大きく分けて以下の3つが考えられます。
骨格的な問題
上顎の骨が前に出すぎている、または下顎の骨が後ろに引っ込んでいるなど、顎の骨のバランスが原因で出っ歯になるケースです。遺伝的な要因も関与すると言われています。
歯並びの問題
顎の骨には問題がなくても、前歯が前方に傾いて生えていたり、歯の大きさと顎の大きさのバランスが悪く、歯が並びきらずに前に飛び出してしまったりすることで出っ歯になるケースです。
生活習慣
指しゃぶり、舌を前歯の裏に押し付ける舌癖(ぜつへき)、口呼吸などが、出っ歯を悪化させる要因となることがあります。
上顎前突(出っ歯)の治療方法
出っ歯の治療方法は、症状の程度や年齢、骨格的な問題の有無によって多岐にわたります。
小児期の矯正(成長期)
顎の成長をコントロールできるため、骨格的な問題の改善に効果的です。
床矯正(拡大床など)

主に子どもの歯並び矯正で使われる、取り外し式の装置です。永久歯がきれいなアーチを描いて生え揃うためのスペースが不足している場合に、そのスペースを広げることを目的としています。
床矯正の特徴
紛失・破損のリスク
取り外し式のため、紛失したり破損したりする可能性があります。拡大床による治療を検討する際は、歯科医師に診断してもらい、お子さんの歯並びや顎の状態に合った治療法かを確認することが大切です。
装置の構造
プラスチック製の床部分に、ワイヤーやネジが組み込まれています。このネジを定期的に回すことで、装置が少しずつ広がり、歯列に弱い力がかかります。
注意点
拡大床は「顎の骨を広げる」というイメージを持たれがちですが、実際には「歯を支える骨(歯槽骨)を含めて歯を外側に動かす」という作用が主であり、顎の骨そのものを広げるわけではありません。顎の骨自体を広げたい場合は、「急速拡大装置」という別の装置が用いられることがあります。
床矯正が適用される年齢
顎の骨がまだ成長段階にある、永久歯が生え揃う前の6歳から11歳頃が最も効果的とされています。
装着方法と期間
装着時間
治療効果を得るためには、1日あたり10時間以上、できれば就寝時を含めてできるだけ長く装着することが推奨されます。取り外しが可能であるため、食事や歯磨きの際は外すことができます。
治療期間
個人差はありますが、数ヶ月から1年以上にわたる場合があります。
床矯正のメリット
抜歯を回避できる可能性
成長期に歯列を広げることで、永久歯を抜かずに済む可能性が高まります。
取り外し可能
食事や歯磨きの際に装置を外せるため、口腔内を清潔に保ちやすいです。
痛みや不快感が比較的少ない
装置にかかる力が弱いため、急速拡大装置などに比べて痛みや違和感が少ないとされています。
床矯正のデメリット
患者の協力が不可欠
装置を指示された時間、正しく装着しないと効果が得られません。
適応症例が限定される
拡大床だけではすべての歯並びの問題を解決できるわけではなく、複雑な症例ではワイヤー矯正など他の治療法と併用が必要になる場合があります。
マウスピース型装置(プレオルソなど)
幼少期から使用できるマウスピースで、口周りの筋肉のバランスを整え、顎の正常な成長を促します。
顎外固定装置(ヘッドギアなど)
主に成長期の子どもの上顎前突(出っ歯)や、奥歯の噛み合わせの問題を治療するために用いられる、顔の外側に装着する取り外し式の矯正装置です。頭や首を固定源として、歯や顎の骨に力を加えることで、成長のコントロールや歯の移動を促します。
ヘッドギアの目的
上顎の成長抑制
上顎の骨が過剰に前方に成長するのを抑え、上下の顎のバランスを整えます。
上顎奥歯の後方移動
奥歯を後ろに動かすことで、前歯が並ぶためのスペースを確保します。これにより、将来的な抜歯の可能性を減らせることがあります。
矯正治療中の固定
ワイヤー矯正中に、奥歯が前に移動してしまうのを防ぐ「固定源」としての役割も果たします。
ヘッドギアの種類

ハイプルタイプ: 頭頂部や後頭部を固定源として、奥歯を後上方へ引っ張るタイプです。

サービカルプルタイプ: 首を固定源として、奥歯を後下方へ引っ張るタイプです。
装着方法と期間
装着時間
治療効果を最大限に引き出すためには、1日あたり10〜12時間以上の装着が推奨されます。主に就寝時や、自宅でリラックスしている時間に装着することが多いです。
治療期間
治療の目的や効果の現れ方によって異なりますが、一般的には6か月から1年、長い場合はそれ以上の期間にわたって使用します。
ヘッドギアのメリット
骨格のコントロール
成長期に上顎の成長を効果的に抑制し、骨格的な問題を改善できます。
抜歯の回避
奥歯を後方に移動させることで、永久歯を抜かずに歯並びを整えられる可能性が高まります。
ヘッドギアのデメリット
患者の協力が不可欠
装置の装着時間を守らないと効果が得られないため、本人の強い意志と保護者の協力が不可欠です。
見た目が目立つ
顔の外側に装着するため、見た目が気になることがあります。
成人期の矯正(成長期終了後)
顎の成長が止まっているため、歯の移動が治療の中心となります。骨格的な問題が大きい場合は、外科手術を併用することもあります。
ワイヤー矯正(マルチブラケット矯正)

歯の表面にブラケットとワイヤーを装着する方法。様々な症例に対応でき、歯を大きく動かす必要がある場合に適しています。近年では、目立ちにくい透明や白色のブラケット、ワイヤーも開発されています。
裏側矯正(リンガル矯正)

歯の裏側に装置を装着するため、外からはほとんど見えません。特に、前歯を大きく後ろに引っ込める必要がある出っ歯の治療に向いているとされています。
マウスピース矯正(インビザラインなど)

透明なマウスピースを定期的に交換しながら歯を動かす方法。目立ちにくく、取り外しが可能で衛生的ですが、適応症例に限りがある場合があります。軽度から中程度の出っ歯に効果的です。
インプラント矯正(アンカースクリュー併用)
インプラントアンカー(歯科矯正用アンカースクリュー)は、歯列矯正の治療で用いられる小さなネジ状の装置です。これを顎の骨に一時的に埋め込み、歯を動かす際の「固定源」として利用します。
仕組みと目的
従来の矯正治療では、奥歯を固定源として他の歯を引っ張っていましたが、その際、奥歯も前に動いてしまうという問題がありました。インプラントアンカーは、この問題を解決するために開発された新しい技術です。
インプラントアンカーは、顎の骨に直接固定されるため、非常に強固で動かない固定源となります。また、動かしたい歯にピンポイントで力を加えることができるため、不必要な歯の動きを抑え、効率的に歯を移動させることが可能になります。
従来の矯正方法では難しかった以下のような歯の動きも可能になります。
・歯列全体を奥に動かす
・前歯だけを後方に大きく移動させる
・奥歯を圧下(歯茎の方向へ沈める)させるなど
治療の流れ
まず、レントゲンなどで顎の骨の状態を確認し、アンカーを埋め込む位置を決定します。
局所麻酔を行い、歯茎に小さなネジ(アンカースクリュー)を埋め込みます。処置自体は数分で完了し、痛みや出血もほとんどありません。
アンカースクリューを固定源として、ワイヤーやゴムで動かしたい歯に力を加えます。
矯正治療が終了し、不要になった時点でアンカースクリューは撤去されます。撤去も簡単な処置で済み、傷跡は残りません。
メリット
治療期間の短縮
効率的に歯を動かせるため、従来の矯正治療よりも治療期間を短くできる可能性があります。
抜歯の回避
奥歯を後方に動かせることで、歯を並べるスペースが確保でき、抜歯をせずに済むケースが増えます。
外科手術の回避
骨格のずれが大きい症例でも、手術をせずに治療できる可能性が高まります。
より良い治療結果
動かしたい歯だけを正確に動かせるため、より理想的な歯並びや噛み合わせを目指せます。
デメリット
小規模なものとはいえ、ネジを埋め込むための外科処置が必要です。
アンカースクリューが骨から外れてしまう(脱落する)ことがあります。その場合は再度埋め込みが必要になります。
セラミック矯正

歯を削ってセラミックのクラウンを被せることで、見た目を整える方法です。短期間で見た目の改善が期待できますが、健康な歯を削る必要があります。根本的な歯並びの改善とは異なります。
外科矯正(外科手術併用矯正)
顎の骨格的な問題が非常に大きい重度の出っ歯の場合に適用されます。顎の骨自体を切って位置を移動させる外科手術と、術前・術後の歯列矯正を組み合わせる治療です。顔貌の改善も大きく期待できます。保険適用となる場合があります。
抜歯の必要性
上顎前突(出っ歯)の矯正では、歯を後ろに引っ込めるためのスペースが必要になることが多く、そのために抜歯を伴うことがあります。主に、前から4番目または5番目の小臼歯(しょうきゅうし)を抜歯することが多いです。
ただし、軽度の出っ歯や、歯を少しだけ削る「ストリッピング(IPR)」、奥歯を全体的に後ろに移動させる「遠心移動」など、抜歯をせずに治療できるケースもあります。
治療期間と費用
治療期間と費用は、選択する治療方法や症状の程度、治療範囲(全体矯正か部分矯正か)によって大きく異なります。
治療期間
小児矯正
1~2年程度が目安ですが、永久歯への生え替わりや成長段階に応じて追加治療が必要になることがあります。
成人矯正(ワイヤー・マウスピース)
1年半~3年程度が目安です。軽度の部分矯正であれば数ヶ月~1年程度で終わることもあります。
外科矯正
術前矯正、外科手術、術後矯正を含めると3~4年と長期になる傾向があります。
費用
矯正治療は基本的に保険適用外の自由診療となることが多いです。ただし、顎変形症と診断された場合の外科矯正は保険適用となることがあります。
小児矯正(1期治療)
10万~60万円程度
成人矯正(ワイヤー・マウスピース)
マウスピース矯正: 60万~110万円程度(部分矯正なら10万~70万円程度)
表側矯正: 60万~130万円程度(部分矯正なら30万~60万円程度)
裏側矯正: 100万~170万円程度(部分矯正なら40万~70万円程度)
外科矯正(手術費・入院費含む):保険適用時: 30万~60万円程度
自由診療時: 100万~300万円程度
※上記費用はあくまで目安であり、クリニックや地域によって異なります。カウンセリング料、精密検査料、調整料、保定装置料などが別途かかる場合もあります。
上顎前突(出っ歯)矯正のメリット・デメリット

メリット
審美性の向上
口元が引っ込み、顔全体のバランスが整うことで、自信を持って笑顔になれます。
口を閉じやすくなる
ドライマウスの改善や、虫歯・歯周病のリスク軽減につながります。
咀嚼機能の向上
食べ物をしっかり噛めるようになり、消化吸収が良くなります。
発音の改善
歯並びが整うことで、サ行やタ行などの発音が明瞭になります。
前歯の保護
前歯をぶつけるリスクが減ります。
口腔衛生の向上
歯磨きがしやすくなり、虫歯や歯周病の予防につながります。
デメリット
治療期間が長い
数年単位の治療期間を要することが多いです。
費用がかかる
ほとんどのケースで高額な費用がかかります。
治療中の痛みや違和感
矯正装置による痛みや違和感、食事制限などがあります。
通院頻度
定期的な通院が必要です。
後戻りの可能性
治療後に保定装置をしっかり装着しないと、歯並びが元に戻る「後戻り」のリスクがあります。

